スマートニュース株式会社の西尾です。10月1日よりメンバーに加わった新入社員です。

本記事のテーマは、先日弊社を会場として行われたセミナーです。弊社の新オフィスには40人程度収容可能なセミナー室があり、プロジェクターと壁一面のホワイトボードが備わっています。週末にはセミナー会場として提供し、交流の場として機能させたいと考えています。弊社が会場となった記念すべき第一回目のセミナーは、10月13日に行われた「第三回 物理と情報と幾何のインフォーマルかもな勉強会」でした。この勉強会は建築、物理、数学、情報の各分野の専門家の方々が各テーマを専門外の人にも分かりやすく紹介して下さるというものです。大学研究機関に職を持っておられる方々も参加されており、とても格式高い勉強会でした。また活発な議論があり雰囲気も良いものでした。私も会場スタッフとしてトークを興味深く拝聴させていただきました。

以下にてこのセミナーの各トークについてご報告させて頂きます。私の能力不足が原因で、以下の報告は解説と呼べるほどのものにはほど遠く、間違いも含まれてしまっているかもしれません。不備などありましたらご指摘を頂きたいと思います。

また主催者の深川さんのブログに資料がまとめられています。


「建築とコンピュータ・グラフィクスにおける力学と幾何学のちょうど中間」三木優彰さん

三木さんのトークはテンセグリティと呼ばれるオブジェについてでした。テンセグリティの例は多数の真鍮棒とテグスによって構成されるリンク先の画像のような構造体です。これらのオブジェでは、真鍮棒同士は接触しておらずテグスの張力のみによって安定的な構造を保っています。三木さんの作品には対称性がほとんど無く、そこに独特の美しさがあります。三木さんの研究の一部はオリジナルの計算機技術を用いて力学的な安定解を発見するというものです。三木さんは他の方のトークにも良い角度からの質問をされて勉強会全体を盛り上げておられました。


「複雑流体の変分原理」深川宏樹さん

この勉強会の主催者の深川さんのトークはナヴィエ・ストークス方程式や液晶の方程式などの流体の運動方程式を、最小作用の原理から導出する試みについてでした。実は現在でも、ナヴィエ・ストークス方程式を最小作用の原理から導出する方法は知られていない、とのことでした。その問題は散逸の効果は非ホロノミックな拘束条件なので、未定常数法が上手く機能しないという点にあるそうです。作用は物理学の根幹ですから、私はまさかこのような部分に問題が残っているとは全く想像しておらず、大変興味を持ちました。トークでは時間の制約上、突っ込んだお話を聞けなかったのが本当に残念です。深川さんは11月からアメリカの大学へ留学されるとのことです。心より応援いたします!

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ライトニングトーク 「SmartNewsの裏側」浜本階生

弊社社長の浜本も5分程度のSmartNewsの紹介トークを行いました。SmartNewsのユーザーに手を挙げて頂いた結果、利用率は参加者の1割くらいでした。光栄であったのは、トーク後に多くの人が興味を持ち質問をして下さったことです。SmartNewsがより良いアプリになるよう努力したいと思います。

休憩時間の歓談
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「カーネル法を用いた点過程の解析」手塚太郎さん

ホワイトボードを使いキレの良いトークをなさっていた様子が非常に印象的でした。(手塚さんの関係資料 pdf ) 残念ながら私は会場案内などの作業があり断片的にしか聴講できなかったのですが、脳内ニューロンのスパイク的なデータから感覚や感情などを解析することが目的である場合の、数学的な解析手法についてのお話でした。データは時間を引数に取る関数(=無限次元ベクトル)となりますが、この2データ間の距離(どれだけデータが似ているか)を定義することが重要となります。二つのデータ間の距離の定義を内積の性質を満たすようにするのが筋が良いらしいです。二つのデータの内積は、カーネル関数を定義してカーネル関数と二つのデータの積分によって表現できます。このように、複雑な生物の問題をシンプルな数学的問題へ落とし込んでいく過程と態度が実に心地よいと感じました。

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「有限幾何と分割の組合せ論」山田紘頌さん

山田さんのお話は「ブロックデザイン」と呼ばれる組み合わせの問題と有限幾何の関係についてでした(スライド)。 私は初等的な数学しか知らず、どちらのキーワードとも初めて出会いました。ブロックデザインの例として Kirkmanの女学生問題や麻雀の参加者の組み合わせの問題を挙げられていました。麻雀の例で言えば、最小の回数で参加者全員と卓を囲むにはどうすれば良いかという問題になります。実はこれらの問題が、有限幾何(=有限個の点から構成される幾何学)における問題に帰着するということをお話でした。後半の有限幾何のお話は私には難し過ぎたのですが、一見関係なさそうに見える問題が実は関連しているという数学の奥深さを実感致しました。


「量子論理と射影幾何」 古賀実さん

古賀さんのトークは量子論理と呼ばれるテーマについてでした。私には全く未知の分野でした。その始まりはジョン・フォン・ノイマンとガーレット・バーコフの1936年の論文(pdf)にあるということです。20世紀前半は量子論の解釈問題に関して様々な議論がなされた時代であり、その中で彼らは量子論を正しく扱うためには新しい論理体系(=量子理論)が必要であると考えたそうです。論理体系を変更するという発想は現代の標準的な物理学にはありません。そのため私には理解が難しいテーマでしたが、却って私が最も興味を持ったトークとなりました。20世紀後半の物理学の基本的な態度は、量子学の解釈問題などの微妙なところにはなるべく立ち入らないというものであったと思いますが、最近では徐々に再注目されつつあると感じています (例えば小澤の不等式Firewallなどです)。このようなテーマでは量子論理のような量子論と真剣に向き合う態度が重要になりえると思います。


「群論もHaskellも知らない人のための圏論入門」尾関孝文さん

尾関さんのお話は圏論の基礎的事項を初心者向けに説明するというものでした(pdf)。素晴らしく分かりやすい解説でした。圏論を解説した同人誌(pdf)も出版なさっているということでした。私自身は圏論(というか数学全般)についてもHaskellについてもほとんど何も知らないのですが、会場には圏論に詳しい方が沢山いらっしゃっていました。以前の職場でも圏論のプロがおりましたし、高校生が圏論について学びたいと言って訪れてきたこともありましたから、最近の流行であるという感覚はなんとなく感じていました。尾関さんのお話は私が圏論を学ぶ際の良い取っ掛かりになります。誠にありがとうございました。


「クリーネスター・圏論・計算の離散力学」檜山正幸さん

檜山さんは、圏論的手法を用いて、行列Aの無限級数(クリーネスター) A* = 1 + A + A^2 + A^3 +… を導出する方法についてお話されました。檜山さんのブログには幾つかトークに関する資料があります(予定, 再考, 補足)。 実はこのような行列の無限級数は物理学では頻繁に登場します。私にとって最も馴染みがあるのは、場の量子論における二点相関関数の表式です。それゆえこういった無限級数を解くことに慣れている方は多いと思うのですが、普通は圏論的な手法などは考えません。檜山さんのお話は、ここに圏論的な解釈を与え圏論的に解く、というものでした。恐縮ながら私は私の能力の問題で途中でドロップアウトしてしまったのですが、檜山さんのお話は一貫して聴衆の分かりやすさを追求されていました。無限級数の問題が平易な計算で求められてしまい、またプログラム的にも解けるという事実に非常に興味を惹かれました。檜山さんが各トークに鋭いコメントを残されていたのが大変印象的でした。

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最後に全体についての感想です。まず第一に、発表者の方々には最大限の敬意と謝意を持ちたいと思います。すべてのトークは極めて良く準備されていました。この勉強会は研究者の方々のキャリアには直接結びつかないインフォーマルなものです。それにも関わらず発表のために少なくない時間を裂いて下さった事は、本当にありがたいことであると思います。また二つ目に、聴衆として参加の方々の知的好奇心の高さが素晴らしいと思います。見るからに難しくて躊躇してしまいそうなタイトルの発表が並び、分野の広がりも大きく、さらに休日の長丁場でした。それにも関わらず参加された方々の学習意欲は尊敬の対象です。私も見習わなければならないと反省いたします。そして三つ目に、これだけの参加者を集めた主催者の深川さんの人望の高さが素敵であると思います。もし宜しければ次回も弊社を会場に使ってください!私自身も色々なバックグラウンドの方々とお話できて大変有意義に過ごす事ができました。皆様誠にありがとうございました。